もう一度、歩きたい〜claireの切実な願い〜

よく母には

「家であった出来事は絶対に外では話すな」

「このことは誰にも言うな」

と口癖のように言われそう教わり育った。


そんなの間違ってるよ、と思えるようになったのは16歳のとき

ネットや友達などに声を大にしてそれを言えるようになったのは最近のこと。

それまでは絶対に言ってはいけない、私の感情は押し殺してた。



姉が高1の時か中3のときかな。

姉の同級生のママ友が経営していたカフェでいとこん家と私の家族とみんなで食事していたたとき、酔った父はなにか姉に対してブチ切れた勢いでみんなの前で姉を思いっきり殴ってしまった。


殴られた姉はそのまま衝動的に店を飛び出した。

姉が死ぬんじゃないかと不安になって追いかけたかったけど

それは叔母さんが一番に姉の後を追っていたし、一緒に私と同い年のいとこも追っていたので

いとこや叔母と一緒になって外に行こうとした小さないとこを私はこの子を引き止めて

そのいとことカフェで待ってることを私は選んだ。


「くーちゃん、のんちゃんとお姉ちゃんたちのこと待っていよっか」

小さな子供は大人たちの心変わりに敏感で、

小さいいとこは泣きそうになっていた。


店内に残された

私と小さな女の子のいとこと、もう一人末っ子で一番小さい男の子のいとこ、

姉と同い年の男の子のいとこ


私の母と経営者の夫婦

そして私の父と叔父さん。。。

こんなにたくさん人はいるのに、

さっきまで楽しい雰囲気だったのに、


一気に空気は重く冷たくイヤな雰囲気になった。


なにより叔父がとても不機嫌になった。


どんより、している。

誰も喋らない。


誰も喋らないから必死でおどけて見せようとする末っ子の子と、泣きそうになって私のそばを離れずにジッと耐えているくーちゃん。


そんな静寂と、母の呆れるため息とともに泣きそうな声で「バカじゃないの?」とぼやく。


姉は幸いにも、信号のところらへんで追いついた叔母に無事保護されて

おおごとにつながるような事はなかった。



私はいつも手を振りかざし暴力で姉をコントロールしようとする父が嫌いだった。


お母さんが発した怒りと悲しみの「バカじゃないの…?」という言葉の裏には「死なないでくれ」との想いが込められてたような気がする