退院をした、と同時に
療養病院に入院させられて居た父方のおばあちゃんが肺炎を起こし危篤になった。

急いで向かうべきなのに父は1人で行けず、むかえないで居た。
何やってんの!早く行かなきゃ、さようなら言わなきゃ、後悔するって言いたかった。
言ってた。

私を連れて行くには埼玉に近い遠い場所でしかも私の車椅子ではとても入れるような病院ではない。何より退院してきたばっかで疲れきってるし、私が風邪ひいたりしたらダメだって。
私は行かれなかった。

姉が一緒に行くことになった。

おばあちゃんは1月1日、84歳、眠るように息を引き取った。


さようならができなくて悔しくて泣いた。


お通夜やお葬式にはヘルパーさんの付き添いで行った。

棺おけの位置が高くておばあちゃんの顔が見てあげられなかった。
立たせてもらったけど、やっぱりギリギリ見えなかったもう少し私が顔持ち上げられれば見えたかもしれないけど立ち上がることに必死で見る動作ができず、お花だけ入れた。

ごめんね、おばあちゃん。お顔すら見てあげられずにバイバイできなくて。
私病気になったの知らないまま亡くなってくれてありがとう。
おばあちゃんの記憶に私の元気な姿だけが最後まで残ってたこと嬉しかったよ。


さようならがちゃんと出来たなら、私はもっとこの心の痛みは消えたのか?そんなのわからない。

親戚の人たちの視線が冷たくつらくあたる。ヘルパーさんがいてくれたからなんとか耐えられた。

たいへんねーとか早く治してねとか元気になりなさいよ、とか

かわいそうに、とか

もうやめてよ。って感じ。逃げちゃいたかったよ。

わたしなんで病気になったんだろう。

ねぇ、おばあちゃんが私が歩けなくなったこと知らなくて良かったよ。
おばあちゃんにまで
哀れまれたら、わたしそれこそ生きる希望なくしそうよ。