退院の話が出てきたり、具体的な話し合いも始まりそうなときに、波田野先生は、私に言った。

「外来の先生はT先生が担当していたけど、今回の入院で、病棟では僕が担当させて診させてもらった。のんちゃんの病気の状態も僕が一番今わかってる。もちろん家庭のことも、色々あると思うしそれも含めて。のんちゃんさえよければだけど、このまま退院しても僕が主治医としてのんちゃんのことを外来受診のときも診させてもらいたいと思うんだ。僕が主治医になってもいいかな?」

波田野先生は、自分から主治医になりたいと言い出してくれた。

涙が出るほど嬉しいのに、言葉は真逆。
「先生は、私のこと見捨てない?私病気わからないんだよ?世界中探してもない病気なんでしょう?そのうち嫌になって面倒くさくなるよ、前の先生は私のこと見捨てた。」

『そんなことない。前の主治医の先生がどんな人だとか、何を言ったのか僕にはわからない。でも、僕は主治医として真剣に希ちゃんの病気も、希ちゃん自身とも向き合いたいと思ってる。病気のことも、僕がまだまだ勉強不足な部分もある。一生懸命に治療法探してみるから、信じてほしい』

嬉しくて、嬉しくて、

「ありがとう。よろしくね、先生」

それしか言えなかった。


波田野先生は言う。
この世界で原因や病名がはっきりわかってるものは3割ぐらいしかないと。
後の7割は原因不明だったり治療法がわからなかったり、病名すらわからないものだって。

医者は病気を治すためにいるのに、今の医学だけでは治せない病気のほうが圧倒的に多いって。
それでも治ると信じる患者さんの奇跡は素晴らしいと。
治ると信じることで、それだけで病状の進行がなだらかになったり、自暴自棄になってる人と比べると症状の進行が遅かったりするらしい。これは本当に検証されてる事実らしい。

のんちゃんのように治ると信じる患者さんのことを僕は全力で応援してサポートしていきたい。
のんちゃんが病気を治したい気持ちと同じように、僕も治療法が見つけられるように勉強をたくさんするから。

僕ものんちゃんに負けないよ、一緒に頑張っていこう。


先生は、「治るよ!」などという無責任な言葉は言わないけど、


幾人もの医者に

「悪くはなっても良くはならない」「治療法はないです」「見たこともない症例だ、この先検討もつかない」

などと否定され続けてきた私にとって、先生の言葉は違って聞こえる


治したい、気持ちが、伝わってくるから。
「今は治療法はないけど必ず見つける」「絶対に見捨てたり見放すなんてことはしない」


「きっと症状も落ち着いてくるはず、進行が急すぎてびっくりしたよね。」

今まで言われたことない言葉たち。ありがとう。先生。

私は波田野先生にであえて良かったよ。無責任な期待させる言葉は言わずにも希望を捨てさせない、これってお医者さんたちが病気を患者本人や家族へ告知するときにきっととっても大切なことだと思うの。
波田野先生も言ってた。統計データも嘘じゃないだろう。
信じた者の努力は報われる。

治療法見つけてね。波田野先生が見つけて、波田野先生が治してね。

私を治して有名になってね、そして私と同じ病気の人を救ってね。