ひととおり検査が終わってからまた担当医たちに順番に同じことさせられる、
まるで実験台にされてるみたい。。。
詳しく過去から探られる。わたしはありのままを話した。テストができない勉強も苦手で特に数学は全くできないことも。
星空が見えなかった日のこと、メガネが今あんまり役立たずになってきてる気がすること。
左腕のこと。
とにかく全て話した。何をどこまで話したかわからないけど
「迷子になることが多い、知ってる街が別世界に見えて混乱する」そのことだけは伝えなかった。
いまだに主治医にも話してないと思う。
診療方針の紙かな忘れた、カルテかな?、
先生が机に置いたやつ、わたし少し見ちゃった。
「脊髄小脳変性症の疑い」
と書かれた文字を。
ああ、やっぱり1リットルの涙と同じ病気なのか。
あちこち移動するのに車椅子に座らされてて、看護師さんから説明では
トイレ行くのも一人で行かないこと、車椅子を使って移動すること言われていた。
お母さんに言ってみた
『ねぇ、やっぱり1リットルの涙の子のあやちゃんと同じ病気なのかな?』
お母さんはそのときは前に聞いた時とは違う顔して驚いてた。
お母さんはきっとこの時思ったんだ、本人は何か気づき始めてるんじゃないかって。
でもお母さん自身が現実でフラついてホームから落ちそうになってた今朝の娘の姿を受け入れきれなかった。ショックでしかなかった。
お母さんは夜まで居てくれたと思う確か。
でも出される病院の食事がなんとも味気ない。かたいし、美味しくないし味ないし。正直作ってくれた人には申し訳ないが、まずい。
でも四人部屋のおばさんたちはちゃんと食べてて、病院食が運ばれる時間になると喜んでいたし、美味しいそうに食べてた。
わたしだけが
「何これー!!」「かたい、嚙めるわけないじゃん!」
「魚、、くさっ!!不味すぎでしょ。どれもこれも味ないし」
って文句ばっかり言う私。
おばさんたちは目を丸くして驚いてた。
その日から、おばさんたちも一緒になって食事にケチつけるようになった。
「あなたが言いたかったこと言ってくれて、なんだかスッとしたわ!」「そうよねー、私もそう思ってたのよずっと。」「なんでこんなに固いのかしら?味気ないわよね」
お医者さんたちや看護師さんたちはびっくりしてた。
お母さんだけが『文句言ってないで食べなさい!!』とわたしに怒る。(笑)でもおばさんたちも一緒になって食事にケチつけるからそのうちお母さんも何も言わなくなった。
来空『ねぇ、ふりかけとか塩とかしょうゆ買ってきて』
母「わかった明日持ってくるね」
お母さんにおばさんたちが話しかけてたりする、
東京タワーが見える部屋でとっても良いのよと話していた。
優しそうなおばあちゃんたちに囲まれて私は、入院生活少しホッとした。
知らない人と同じ空間て、寝たり食べたりなんて、疲れるだけだ。
修学旅行とかもほとんど行ってないから寝泊まりだけは勘弁だ。
日帰り遠足も気が重いのに。
その日の消灯後カーテン閉め切った暗い病室は、
私にとって怖いかった。
これからどうなるのだろうか。
また学校、、行けるよね?
不安消すように親友やSNSの友達とやり取りをしてた
でもやっぱり、大好きな彼氏とメールしてる時だけは本音が言えたし、まるですぐそばに彼が居てくれてるようなあったかい気持ちになれた
彼からの「また明日ね、おやすみ」というメールを見て私も眠りについた
まるで実験台にされてるみたい。。。
詳しく過去から探られる。わたしはありのままを話した。テストができない勉強も苦手で特に数学は全くできないことも。
星空が見えなかった日のこと、メガネが今あんまり役立たずになってきてる気がすること。
左腕のこと。
とにかく全て話した。何をどこまで話したかわからないけど
「迷子になることが多い、知ってる街が別世界に見えて混乱する」そのことだけは伝えなかった。
いまだに主治医にも話してないと思う。
診療方針の紙かな忘れた、カルテかな?、
先生が机に置いたやつ、わたし少し見ちゃった。
「脊髄小脳変性症の疑い」
と書かれた文字を。
ああ、やっぱり1リットルの涙と同じ病気なのか。
あちこち移動するのに車椅子に座らされてて、看護師さんから説明では
トイレ行くのも一人で行かないこと、車椅子を使って移動すること言われていた。
お母さんに言ってみた
『ねぇ、やっぱり1リットルの涙の子のあやちゃんと同じ病気なのかな?』
お母さんはそのときは前に聞いた時とは違う顔して驚いてた。
お母さんはきっとこの時思ったんだ、本人は何か気づき始めてるんじゃないかって。
でもお母さん自身が現実でフラついてホームから落ちそうになってた今朝の娘の姿を受け入れきれなかった。ショックでしかなかった。
お母さんは夜まで居てくれたと思う確か。
でも出される病院の食事がなんとも味気ない。かたいし、美味しくないし味ないし。正直作ってくれた人には申し訳ないが、まずい。
でも四人部屋のおばさんたちはちゃんと食べてて、病院食が運ばれる時間になると喜んでいたし、美味しいそうに食べてた。
わたしだけが
「何これー!!」「かたい、嚙めるわけないじゃん!」
「魚、、くさっ!!不味すぎでしょ。どれもこれも味ないし」
って文句ばっかり言う私。
おばさんたちは目を丸くして驚いてた。
その日から、おばさんたちも一緒になって食事にケチつけるようになった。
「あなたが言いたかったこと言ってくれて、なんだかスッとしたわ!」「そうよねー、私もそう思ってたのよずっと。」「なんでこんなに固いのかしら?味気ないわよね」
お医者さんたちや看護師さんたちはびっくりしてた。
お母さんだけが『文句言ってないで食べなさい!!』とわたしに怒る。(笑)でもおばさんたちも一緒になって食事にケチつけるからそのうちお母さんも何も言わなくなった。
来空『ねぇ、ふりかけとか塩とかしょうゆ買ってきて』
母「わかった明日持ってくるね」
お母さんにおばさんたちが話しかけてたりする、
東京タワーが見える部屋でとっても良いのよと話していた。
優しそうなおばあちゃんたちに囲まれて私は、入院生活少しホッとした。
知らない人と同じ空間て、寝たり食べたりなんて、疲れるだけだ。
修学旅行とかもほとんど行ってないから寝泊まりだけは勘弁だ。
日帰り遠足も気が重いのに。
その日の消灯後カーテン閉め切った暗い病室は、
私にとって怖いかった。
これからどうなるのだろうか。
また学校、、行けるよね?
不安消すように親友やSNSの友達とやり取りをしてた
でもやっぱり、大好きな彼氏とメールしてる時だけは本音が言えたし、まるですぐそばに彼が居てくれてるようなあったかい気持ちになれた
彼からの「また明日ね、おやすみ」というメールを見て私も眠りについた

