「綾にその頃の記憶があればと思ったことは何度もある。あなたにとって田代という男は、恐怖以外の何者でもないけれど、あの人は確かにあなたを愛してたのよ」



グラリと体が揺れた。



心の奥にこびりつく自己否定の心


それは、紛れもなく田代という男によって植え付けられたものだ。





ずっと思ってた。
親に否定された私は、産まれてきてはいけなかったんじゃないかと。



虐待されていた頃の記憶はただひとつ、耳の奥にこびりつくあの声



『お前がいなければ……』



切なそうにも、憎々しげにも聞こえるその叫び。




あれは、私の存在を否定するものだ。




だから、私の事を愛していたなんて事、ないと……思う。



「幸せな時間はほんの一瞬。田代はね、自分の病気を職場に隠していたの。

だけどね、そんなこと隠し通せるハズないのよ。どこからか漏れた情報は、一瞬にして狭い世界を駆け巡ったの。

そして、彼は医師を続けていかれなくなった」