「…夢だ。寝よう」
僕は布団をもう一度被り、目を瞑った。
「まっ、待って! 私にはやらなくちゃいけないことがあるんです!」
枕元の彼女は僕の布団を引っぺがす。
「やらなきゃならないこと?」
僕は不機嫌に訊いた。
「は、はい。えーっとですね…」
そう言って彼女は一度深呼吸をする。
「あっ、あのっ、私とせっーー」
突然僕の目の前に現れた女の子は、そこで言葉を詰まらせて。
「…とっ、とにかく今から、私とひとつになってくれませんか!?!?」
「はあ!? 何言ってんだあんた!?」
彼女の突然の発言に動揺し、僕は思わず大声をあげた。
「…とにかく、急いでください! 時間がないんです!!」
「お、おまっ、僕たちまだ会ったばっかだし、ほら準備とかあるし、僕うまくできる自信がないしだな…」
僕まで彼女の動揺が感染ってしまったようだった。
「自信がなくても大丈夫です! えと、唇にちゅっとするだけでも…良いので」
彼女は顔を赤らめて、恥ずかしそうに俯いた。
「そ、そうか。…ん?唇?」
「唇ですよ?」
「…えーと、ABCで言うと?」
「Aですけど…?」
彼女は上のほうを向きながら答える。
「なんだよそれ! 勘違いさせるな!」
「えっ、えっ、それじゃあ、そそその、BとかCとか、そういうのを想像して…あわわわわ」
彼女は顔を真っ赤にして、今にもショートしそうだった。
「だっ、君の言い方からしたら普通そっちを想像するだろ!? ひとつになるとか…だいたいその前なんて言いかけた!」
「…接吻です。伝わらないかなの思ったのと、直球すぎるかなと思って…」
彼女はそう言って縮こまる。
「せっ、接吻……。びっくりさせるなよ…。要するにキスすれば良いってことだろ?」
僕はがくりと力が抜けたように手をついた。
「はい。時間がないので、早めにお願いします」
「…僕のファーストキス、こんなシチュエーションかよ」
僕は嫌味を含んだ声でそう言った。
「…私、一応彼女ですから、恋人っぽく…してくださいね…?」
彼女は手を自分の胸の前で組んでいる。
「ちょっ、緊張するだろが」
「すみません。それじゃあ、後は圭介くんにお任せします。」
彼女はそう言って目を閉じた。
名前を呼ばれた時、僕は気づいた。
そういえば、僕はこの娘の名前を知らない。
…僕のファーストキスは、名前も知らない女の子とのキスになった。
