「なんでって聞いたの。だって、彼女いないのに。好きな人でもいるの?って」



俺が聞きたくても、どうしても聞けなかった質問だ。
聞こうとして何度もやめた。




聞くときに、声が震えたらどうしよう。

本当に好きな人がいたら、どうしよう。

もうすでに、彼女がいたらどうしよう。




そんなことをぐるぐると考えて、口ごもって、結局なにも聞けなかった。



「それで、答えは?」


「…」



手島は黙ってしまった。

俺を一瞥して、先ほどのように唇を尖らせる。




「…好きな人は、いないって」

「そう、なんだ」



思わず張っていた息を吐く。

手島はその様子を見て、ますます口を尖らせた。



「これ以上は、教えない」

「えっ」


彼女はもう一度鼻をかむと、ぴょん、とベンチから立ち上がった。
2、3歩歩いて振り返る。



「奥平くんは、ずるいよ。最初から何もかも諦めて」

「だ、だってそれは」



俺の反論を待たずに手島はなおも責めるように言った。




「可能性があるのに、手を伸ばそうとしないなんて、だめだよ」

「可能性って…」

「今の奥平くんを見たら、なんかもうどーでもよくなってきちゃったわ」



日差しの下で、手島こずえはまだ赤い鼻で笑った。



「自分に正直になってみなよ!そしたら、今の話の続きをしてあげる」

「えっ、ちょ、続きってなに?」

「教えない」

「待って、ちょっと…」



手島は何を知っているんだろう。

二戸に、好きな人はいない。

でも…?




「嫌だよ、絶対教えないから」



どう頼んでも、手島はその一点張りで結局それ以上のことはわからなかった。

手島の言う”正直”にならないといけないらしい。



”正直”だと?


そんなことしたら、結末は目に見えているというのに。

彼女とは生まれた時点で違うのだ。


なのに、俺に陽のもとに出ろと言う。



焼けこげて、見るのも耐えられない姿になるだけだというのに。