萌は何も言い返さなかった。
ただ、寂しそうな顔をするだけだ。
それが余計に辛かった。
俺は、好きな人を傷付ける為に生まれてしまったのかもしれないとさえ、思えた。

この顔がまた、俺にトラウマを植え付ける。

今ならまだ、取り返しがつくだろうか。

ちゃんと頭を下げて謝れば・・・
でもそれは、萌に謝ると同時に羽柴の野郎にも謝ってるようなかたちにならないだろうか。

それは、嫌だった。
悔しかった。



「萌、ごめんね。待たせた?」



背後から、嫌な気配を感じる。
今すぐ振り向いて、ぶん殴ってやりたいほどに、能天気な声。
停学になったって、学校中の女子全員を敵に回したって構わない。

けど、それを実行するだけの度胸も、俺にはなかった。



「ううん、全然!」



萌の声色がワンオクターブ高くなる。
嘘つけ。寒さで顔、真っ赤にしてるくせに。

でもそんなこと言える資格、俺にはない。



「つか、こいつ誰?知り合い?」



羽柴が俺を見た。
本当にこんなのがいいのか、と俺は思った。
見るからに、腹黒そうな顔をしてるじゃないか。
何でこんな奴にばかり、女は引っ掛かるんだ。


相手が他の女であるなら、俺はべつになんとも思わない。
羽柴に殺意を抱くことすらなかっただろう。


萌じゃない女のことなら、羽柴が裏でどんなことをしていようが、構わなかった。



それが、萌だから、許せないのだ。



「さぁ知らない・・・いこ、羽柴くん」



それが、萌だから、苦しいのだ。