後は
鞄をもって逃げる気でいた。


結衣はかわいい顔をしていると思うし
現に男子の間で人気がある事は知っていた。


だけどと言うか、だからと言うか、
俺はあまり関わりたくはなかったのだ。


ただでさえ人間関係は面倒な事ばかりなのに
人気者と近しい関係になるなんて
自ら底なし沼に飛び込むような自殺行為は選択肢に加える気もなかったのだ。


無駄な羨望も
計り知れない嫉妬も
そもそも気取った恋人ごっこも
俺は欲していなかったから。


だけど彼女は
まるで用意していたかのように
即座に切り返してきた。


「よく知らないからこそ
つきあって知ってほしいの。
クラスが離れてしまってこれっきりなんて
耐えられないから告白したの。」


長いまつげに縁取られた目を潤ませて
女優さながらに迫る彼女と
困り果てた間抜け面で立ち尽くす俺を
ギャラリーは容赦なく見つめていた。


「じゃあ、少し考えさせて。」


と、とりあえず野次馬からだけでも逃れようとした俺を
彼女は解放してはくれなかった。


「今渋沢君に好きな人がいないなら
友達からでもいいからつきあってください。」


と、俺を縛る視線の初仕事だった。