王都ルクシャザル。
それが少年が連れてこられた都市の名だった。

他国と領有を争い、血で血を洗う戦に明け暮れ、良くも悪くも英雄達の栄華を誇っていたのもかつてのこと。
おとぎ話の中でのみそれは語り継がれ、今や平和に胡座をかき、無駄に肥え太った一国にすぎないー…というのは穿った見方だろうか。

 現代の治世を行う国王セイム三世は、この国を大きくしたいだとかいう野心とは無縁の人間の様だった。
王都に暮らす人々も、誰も彼もが活気にあふれ。それはいいことなのかもしれないが、どこか危うい。

 「おい、聞いているのか」

不意に現実に戻される声に、少年は慌てて顔を上げた。
目の前に憮然と立っているのは、王立騎士団のエンブレムを恥ずかしげもなく胸に抱く騎士だった。

 昨夜ー…というよりも明け方なのだから今朝、死屍累々の山中から少年の身柄を引っ立ててきたという図式だ。
少年の記憶と体内時計が正しいならば、もうこうして太陽が真上を通り過ぎる頃まで何時間も尋問されている。
質素な取り調べ用の部屋には、騎士と少年が座る二脚の椅子と机しかない。

「何故、あの場にお前がいたのか」

何度目かもう数えるのも馬鹿らしくなるほど聞いたセリフだった。
ひょっとすると、この騎士の頭の中には猫の毛玉か玉ねぎでも詰まっているのではないか。

少年は呆れた様子で騎士を見上げた。

「だから、気がついたらあそこにいたんだって。何度言えばわかるの?」

「…おまけに、何があそこであったかも、自らが何者なのかもわからない、と?」

「そうだよ。さっきから言ってるじゃない」

少年は疲れた様子で呟く。
騎士は困り果てたように頭をかくと、盛大な溜め息を落とした。

「お前、本当に覚えていないのか?あそこにあった死体はー…」

騎士の言葉を待つまでもなく、少年は今朝の無残な遺体を思い出した。
転がっていた遺体のどれもが、頭が何か重たいもので潰されたようにぐちゃぐちゃにされていたのだ。
少し気分が悪くなった少年は、眉間にしわを寄せて俯いた。

「…いや、すまない。嫌なことを思い出させたな。お前は返り血も浴びていないし、第一お前の様な子供にあんな芸当は無理か」

騎士は一人で納得すると、ようやく朝から机の上に置かれていた書類に何かを記入しだした。
やっとかー…少年が溜め息をこぼすと、騎士が何枚かあった書類の一枚を少年に手渡した。

「とりあえず、ここから出ても構わない。ただし、王都から出てはならぬ。この書類を入り口にいる受付に見せ、お前が滞在する宿へ連れて行ってもらえ。必要なものがあれば警護の者に言うように」

「警護?そんなものいらないよ」

「あの惨劇の犯人が、生き残りであるお前を狙わないとも限らない。お前の記憶が戻れば、この件の解決も早いだろうしな。なに、ゆっくりとすればいいさ」

そう言って、騎士は今日初めて笑顔を見せた。