『俺はあの家には帰らねぇ。』
何となく、薫があの時言った言葉の意味がわかった気がした。
寂しそうな薫の横顔が
朝日に照らされて風に煽られる髪の毛が揺れる。
その美しい切なげな横顔を見て、ふと思った。
「…薫、もしかして…、」
百合子さんの事――…
言いかけたあたしに笑顔をこぼした薫は
「まぁ、昔の事だ。」
と空から降り注ぐ朝日に目を細めた。
「それにあいつ、もうすぐ結婚するんだよ。」
「…そうなんだ…。」
「これがまた、旦那がいい奴でさ。」
生温い、だけど心地よい空気がアルコールの効いた体に循環していく。
何か吹っ切れたような薫の後ろ姿を
あたしはただ、黙って見つめていた。
あたしもいつか
薫みたいに桐生さんを思い出として振り返られるようになるのだろうか。
笑って、彼を
『昔の事』って言えるようになるのかな。

