ノーチェ



そんな菜月を見送って薄暗い夜道で
あたしは携帯を開いた。

買ったままの物寂しい待受けには、着信どころかメールすらきていなかった。



桐生さんからの連絡はない。

あの日から、一度も。


避けているのか、それともただ単に忙しいのかわからないけれど

そっちの方がいいのかもしれない。



このまま連絡も来なくなって

会う事もなくなって。


彼の記憶からあたしが消える。
そうすれば、桐生さんと百合子さんは幸せになれる。




傷つくのは、あたしだけだ。



今ならきっと、なかった事に出来る。



―――なのに。

どうしてあたしは
あの人からの着信を今でも待っているんだろう。



なかった事になんか、出来なくて。

こんなに苦しいのに。




未だに彼を想うあたしは自分の欲深さに携帯を握り締めた。