ノーチェ



「あ…ごめん、」

曖昧な笑顔を菜月に返し、カバンに手を入れて着信を確認する。


スライド式の携帯の画面に浮かぶ
『非通知』の文字。




「……嘘…。」

…桐生さん?



鼓動が加速し始める。



「だぁれ~?」

酔っ払った菜月が
あたしの肩に顔を近付けて覗き込んだ。



「ご、ごめん、トイレ行くね!」

携帯を握り締め、あたしは立ち上がる。



そしてそのまま駆け足でトイレへ向かうと
震え続ける携帯の通話ボタンを押して乱れる鼓動を落ち着かせた。

個室のトイレの鍵を掛ける。



「も、もしもし?」

『……莉伊?』


耳から心臓へ、直接届くようにあたしを呼ぶ。

低くて、だけど優しく響く、酷く甘いその声。





やっぱり、桐生さんだった。