彼女の名は、野上 幸子(のがみ ゆきこ)。

 ごくごく普通の小さな会社で事務をしている。

 なんとなく山に登りたくなってスニーカーに軽装で、クローゼットから引っ張り出したバックパックにはうちにあったお菓子を詰め込んで適当に検索をかけた近場のハイキングコースを訪れた。

 もうすぐ秋とはいえ、まだ蒸し暑さが残る都心とは違い山は清々しく幸子を迎えた。

 人混みばかりで忘れていた鳥の鳴き声が耳に心地よい。

 久しぶりに落ち着いた時間を過ごした気がした。

 都会の喧噪など、まるで夢の中の出来事のようにも感じられた。