放浪者前野の事件の事は、佐田も少しは耳にしていたようだが、
実際はとても怪奇的な事件だった…


二年前、前野老人の家族から、東蔵山(とうぞうさん)から半年間、前野老人が帰って来ないという通報が入ったのが事件の始まりだった。

半年間掛かってからの通報の意味は、前野老人を知る事で解った。

老人は、自分をいつからか旅者(たびもの)と言い出して、いつも旅に出ては一ヵ月間は家を出ていた。
家族はいつもの事だと、飽きれていたが半年はさすがに心配だった。
いつも旅の目的は、『呼んでいるから』というものだった。
ボケているのかも怪しかった。

東蔵山は危険で、人が行くような場所では無い。
佑桜は警察犬を使う捜索に行く事になり、仕方無く仲間と共に山へ登った。雨が降っただろうにも関わらず、警察犬はほとんど迷わず、山を登ろうとする。
内心は老人は生きてはいないだろうと考えていた。

険しかったが半分登った所だろうか、仲間の一人の警察犬が吠えながらが歩みを早めた。
俺も後を続いた時だった。犬の鳴き声が消え、仲間と犬の姿が一瞬の間に消えてしまった。そこは崖も無く見晴しの悪い場所では無かった。