砂漠の夜の幻想奇談


「無理をさせて、すまない」

謝るくらいなら帰して欲しいとサフィーアは思った。

しかし、彼は言うのだ。

「けど、帰すつもりはないよ」

革袋に入った水を口に含み、サフィーアに口づける。

「っ…!?」

水を飲ませるための、口づけ。

だが、サフィーアが喉を潤した後もルームザーンの唇は離れなかった。


(イヤ…!シャールッ!シャールゥ!!)


いくら心で叫んでも、シャールカーンは助けに来ない。

わかっているが、呼ばずにはいられない。


涙が頬を伝った時、ようやくルームザーンから解放された。

彼は泣き顔のサフィーアを悲痛な表情で見つめる。


「泣かせたいわけじゃないんだ…」


(王子…)


優しく涙を拭われる。

「笑っていてくれ…。貴女には、笑顔が似合うから」


彼が悲しげに微笑むから、サフィーアは逃げられずにいる。

同情、なのだろう。

悲しみを秘めながら美しく微笑むこの人の心を、サフィーアはほっとけなかった。


(きっと今、私が逃げ出したら王子は壊れてしまう)


彼の心を救ってあげたい。


(どうすればいいの?どうすれば、王子の心は救われるの?)


わからないまま、時間ばかりが過ぎていく――。