失った恋人の身代わり。

サフィーアはマリアムではない。

わかってはいるが、それでも彼はサフィーアを欲した。

ポッカリと空いた自分の心の穴を埋めてくれるのはサフィーアであってほしい。

そう、望んでいるのだ。


「はっ!」

馬が加速する。

勢いよく門を通過し、街中へ飛び出す。

そのまま人込みに紛れてしまえば、刺客達も追跡を諦めるだろう。

人口が多い都市はこういう時に便利だ。


さて、残る問題は…。

愛馬を減速させながら、ルームザーンは自分の目の前に座る少女を見下ろす。


(ルームザーン王子、助けてくれてありがとう。けど私、いつまでも街にはいられないわ)


見上げてくるサフィーア。

訴えるような瞳が愛らしく、何とも男心をくすぐる。




――欲しい


(いや、ダメだ!彼女はバグダードの王妃で…!)


――奪いたい


(サフィーア王妃を奪ったら、シャールカーン王が間違いなくカイサリアを滅ぼすぞ!)


――マリアムによく似た女性。神が出会わせてくれたのだ


(違う!私はマリアムしかいらない!代わりなんて、虚しいだけだっ)