こんな能力なんていらなかった—鳥籠の中の鳥は愛を詩う—




 どうしたら、伝えられるのか。

 フィリアムは眉根を寄せる。

 この獣は危険な存在ではないと。
 どうしたら分かって貰えるのか。
 この獣の口元の赤いものは血ではないと。

 今ではわかる。

 狼から血の匂いが一切しないということに。


「……」


 だが、エルダンは聞く耳を持たない。
 エルダンだって落ち着けばそれぐらい分かるはずなのだ。
 だというのに、今は一切耳を塞いでしまっている。


 お手上げだと、水越しの天を仰いだ時だった。

 フィリアムが見るその先で、薄い幕が揺れた。


 フィリアムは思わず少し先に立つエルダンを見つめる。そして、その先にある不自然なものに目が留まる。

 銀色の丸いもの。

 真ん中に穴が空いている——


「オオオーーーーーーン」


 突然、狼が遠吠えをする。
 しかし、フィリアムには聞こえた。

 遠吠えに掻き消された、——甲高い銃声を。

 

 血を吹いたのはエルダンの腿。
 フィリアムが見つめるその先でエルダンの腿は弾けた。

 エルダンは腿を押さえて、地に伏せる。

 フィリアムは唐突に訪れた緊急事態に、反応することができない。

 エルダンは痛みをこらえるように、身体をくの字に曲げながら悶絶していた。


 そして追い打ちをかけるかのように、もう一発。
 今度は、唸り声をあげる狼の足を掠めた。