こんな能力なんていらなかった—鳥籠の中の鳥は愛を詩う—





「ミリア!?おい!!ミリア……頼むからでてきてくれ!!!」


 ミリア——それが現巫女の名前なのか、エルダンは、必死の形相で叫ぶ。目の前に立つ狼のことなんて全く気にしてないようだった。
 狼はとうとうその足を止めた。狼までの距離はわずか五歩もない。
 そして異様なまでの近さになって、初めて気付く。その獣の口元が赤く濡れていることに。フィリアムは小さく息を呑んだ。


「まさか、お前が……?」


 フィリアムもエルダンと同じことを考えていた。それは一番考えたくない最悪の事態だった。言うには憚られて口に出せなかった。
 エルダンも同じ気持ちだろう。最後まで言わなかったのだから。

 エルダンはその場で立ち尽くす。

 その背中からは、いろんな感情が窺えた。
 戸惑い、焦り、怒り、悲しみ、憎み——

 彼に何を言えばいいのか。

 まだ、諦めるな?それとも、逃げよう?何を言えば正解か。何を言えば不正解なのか。

 何も——何も、わからない。


「……どけ」


 ハッとエルダンに顔を向ける。エルダンは前に立つ獣に向けて、低い声で威嚇する。
 だが、獣は悠然と構えエルダンのことを見つめるとその場に座った。そこから移動する気はなさそうだ。

 何で、と思う。
 その獣はフィリアムと目が合うと、嬉しそうに尾を振った。まるで、飼い主の帰りを待つ忠犬のように。

 フィリアムのことを愛おしそうに見つめる。その瞳から目を離せなかった。