その闇が実際にあるわけではない。ただそうだと感じるだけなのだが、確かに思ったのだ。あそこに近付くべきではないと。少なくとも自分は、絶対に。
「どうやると思う?」
「わかんない」
エルダンはこうすんのさ、と呟いて指を三本咥える。
ピィ——————————
澄んだ高い音が、辺りに響き渡った。
しかし、何も起こらない。
と、思ったのは間違いだった。
ぱしゃんと、水を叩く音が聞こえ、そして、二人は示し合わせたように振り向いた。
どこから降って湧いたのか、そこにいたのは——
「狼!?」
そう、狼だった。
しかも、だ。
その狼は見たことのない美しい黒い毛皮で覆われていた。
「主の御使い……」
「なんだって伝説上のいきもんがこんなとこにいんだよ!?」
「エルダンが呼んだんじゃないの!?」
「んなわけあるかっ!」
エルダンの言うとおり。その狼はある有名な獣の姿と全く同じ色をしていた。
創造主が、この世界に降り立った時その傍らには二匹の獣がいたという。
一匹は白い梟、そしてもう一匹がこの黒い狼だ。
しかし、それは神話の中の話であり、伝説上のことである。
例えそれが事実であったとしても、ただの獣が今に生きているなんてことはあり得ない話だ。
ついでに言えば、この狼の他に黒い狼は存在しないはずだ。
黒き狼を携えられるのは、創造主のみ。それゆえに創造主はこの世界を作る時、黒の色彩のみを持つ狼を意図的に作らなかった、という。
だが、目の前には確かに、確実に、黒い毛並みの狼が存在している。
しなやかに脚を動かし、静かな湖畔に波紋を作りながらこちらに向かっている。特に、近かったフィリアムの方を見つめながら。


