こんな能力なんていらなかった—鳥籠の中の鳥は愛を詩う—





 今すぐ逃げる、もしくは立ち向かうしか生き残る術はない。
 だが、フィリアムはというと、なぜこんなところに破赫がいるのかということで、頭が一杯で逃げることを忘れている。
 破格は赤黒い舌をチロチロ出して、ゆっくりとフィリアムに近付いてくる。

 そしてその口を開けてフィリアムを捕食しようとした瞬間、ハッと破赫は頭をあげた。


 ——何かがこちらに来ている。



 最初は血の匂いに釣られて自分がいた薄暗いとこから出てきた。
 だが、近づくにつれ、嗅いだことのない甘い匂いがした。

 そしてやっと見つけた甘い甘いもの。

 それは全く動こうとしない。まるで食べられるのを待っているかのように。


 甘い甘い、甘すぎて酔う。


 なんておいしそうな匂い。


 
 だが、近付いてくるものが危険だと破赫は気付いた。

 だが、ここでこの甘いものを諦めるわけにはいかない。


 破赫はもう一度大きく口を開けて、——その口は二度と閉まることがなかった。



「フィリアム!!!!」


 怒りを孕んだその声に、ようやくフィリアムの意識は現実に戻る。


「お父さ——!?」


 目の前に生温いものとものと同時に大きな質量を持ったものが落ちてくる。

 それは破赫の下顎だった。


「早くこっちに来い!!」


 惚けそうな頭を叱咤してお父さんの方へ駆け寄る。その間も他の“六つの頭”がフィリアムを喰らおうと追いすがってくる。