君想歌

朝のまだ早い刻限に藩邸を
出たというのに蒸し暑さが
まとわりつく。


隣を歩く吉田は長い髪を
鬱陶しそうに後ろに払う。


汗でしっとりと額に張り付いた
前髪に顔を歪めながら悠は
吉田に着いていく。

『ちゃんと道を覚えといて』

藩邸を出る前に言われた
言葉を忘れないように。


「どこに?」


吉田を怪訝そうに見上げた悠に
無言で頭をくしゃりと撫でる。


聞くな、とでも言いたげな
表情に悠は口を閉ざした。


目的地は不明。


ただ吉田の後を着いて行く。


「うん。用は済んだ」


ピタリと歩みを止めると
来た道を戻り始める。


視線の先には、こじんまりした
道場があった。


「……?」


立ち止まって首を傾げている
悠を先を歩く吉田が呼ぶ。


「ほーら。置いてくよ」


なんて言いながら、
きちんと悠が追い付くのを
吉田は待ってくれていた。