琴子の声で、久遠はハッと我に返る。

途端に、顔に、背中に、全身に、びっしょりと汗が流れる。

今、自分は、何を考えていた?

この酷奏丸を握って、その手で、何をしようとしていた?

「それが『魅入られる』という事ですの」

久遠から酷奏丸をヒョイと取り上げ、彼女は鞘に納める。

「狂奏丸とこの酷奏丸は、同じ刀匠が鍛えた姉妹刀、或いは兄弟刀ですの。故に同じ性質を持つ…狂奏丸も酷奏丸も、同じように人間の肉を斬り、血脂に塗れた人斬り刀…」

琴子は久遠を強い視線で見た。

「それに興味を持つという事は、狂奏丸の強い性質に憑りつかれ、呑まれているんですの…これを『魅入られる』という…この手の刀に魅入られた者は戦国の世から太平の世、幕末の動乱期にまで数多く存在しますの…皆一様に、『人斬り』『殺人鬼』と呼ばれた輩ばかりですけれど」