根津幸恵は学園伝説の悲劇的なヒロインとして後輩たちに語り継がれてしまった一人である。彼女は二十歳の時、不幸にして短期大学部の卒業を待たずに実家に帰されてしまった。その時幸恵の体は変調をきたしていたが、彼女は別に病気にかかっていたわけでもけがを負っていたわけでもなかった。彼女は妊娠していたのである。花嫁候補として清純無垢な処女たるべき学生が、どこの馬とも知れぬ若者と関係して妊娠してしまったとなると外聞が悪い。幸恵はお腹のふくらみが目立ってくる前に自主退学を促され、生まれ故郷に帰された。いわば裏切り者である彼女に復学のチャンスは与えられない。栄光のサクセスロードへは二度と戻れない脇道にそれてしまったというわけだ。

 カメリア女学園には、どこかの若者と恋に落ちた女子学生が駆け落ちをしたという記録は無い。そういう不名誉な記録は公式には残さないことになっているだけで、実際には幸恵のようなケースも複数発生したことは事実である。それらの事実は学生には知らされず、幸恵たちの抱えていた問題は秘密裏に処理されたので、学園を去った者は重篤な病気にかかったのだと思われている。噂は他の噂とごちゃ混ぜになり、語り継がれる間に話に尾ひれが付く。幸恵の場合は痩せ薬を服用して体を壊したということにされてしまった。あるいはいかがわしい痩せ薬を服用して死んだ他の学生と混同されてしまった。