「確かに理屈はわかるけど、人間ってそんなに割り切って考えられるものなのかなぁ」

 話を聞いた恵梨沙が首を傾げる。

「そうね。最初、松若さんの恋人にはこの結婚に対する抵抗感があったわ。でも今ではその彼氏も私たちの計画に賛成してくれているわ。私たちは良いアイデアを思いついたのよ。松若さんも私もしがらみに縛られた身分で、今いる世界から逃げ出したら周りの人に多大な迷惑をかけてしまう。私たちのことを愛してくれる家族や学校、お店の人たちを悲しませずに幸せになるには、ちょっとした工夫が必要だったの。松若さんの恋人は、いつか彼と駆け落ちして二人で暮らすのが夢だったそうよ。私だって、先生とそんなことができたら最高だわ。私たちのことを誰も知らない町へ行って、二人で一から人生をやり直すのよ。誰にも邪魔されず二人だけの世界で暮らすのよ。でもね、考えてみて。私たちにそんなことができると思う?」

「先生は一般の会社員ではなくてこの学校の職員だものね。学生をエグゼクティブの花嫁候補として育てる立場の人間がその学生に手を出したら、彼女は間違いなく職と信用を失うでしょうね」

 恵梨沙が陶子の言わんとすることを代弁した。

「そのとおりよ。私と先生は決して一つ屋根の下に住むことはない運命にあるの。まして私たちはこの社会ではマイナーな組み合わせのカップルだからね。あなたと来宮先生のように大手を振って公園を歩くことすらできない」

 陶子は実に淡々と自らのままならない身の上を語っている。彼女を捕まえて本音を吐かせたことを恵梨沙は今になって後悔した。誰にだって他人に侵されたくない心の領域がある。ルームメイトの神聖なる領域に恵梨沙は土足で踏み込んでしまったのかもしれない。

「ごめんなさい。私、あまり深く考えずにあなたを問い詰めてしまったわ」
 恵梨沙は灰色の目を伏せる。

「もう、なんて顔しているのよ。あなたは私のことを心配してくれたからこそああいうことを訊いたのでしょう。私はあなたにならと思ってこの秘密を告白したのよ。さあ、頭を上げてちょうだい」

 陶子は恵梨沙の傍らに座り、彼女の背中に片手を当てた。