「お帰りなさい。デートは楽しかった?」
 
寮に帰ると、ルームメイトの桐原恵梨沙はすでに入浴を済ませパジャマに着替えていた。

「すごく楽しかったわよ」

「本当に?」

「ええ、とても」

 陶子は先ほどの中華飯店での温かい光景を思い出して言った。

「陶子。あなたは婚約者のことが本当に好きなのね」

 恵梨沙の問いに陶子はうなずいた。婚約者の松若のことが人間として好きであることは間違いない。

「あなた、本当にそう思っているの? 学園に言われるままに進んでしまうわけ?」

 今宵の恵梨沙はいつもと少し様子が違う。妙にからんでくる。

「恵梨沙、一体何を言いたいのよ。私もあなたのように勤労意識に目覚めるべきだとでも言いたいの? 残念ながら私はあなたのように賢くはないし、特にこれといってやりたいことはないわ」

 自分のやりたいことは学校を出てからゆっくり考えようと陶子は思っている。二十歳やそこらで自分のやりたいことなんてわからない。

「そういう意味じゃないのよ。私の言いたいことがわかっているくせに、はぐらかさないで!」

「あなたが何の話をしているのかさっぱりわからないわ」

 鏡に向かって化粧を落としている陶子が、後ろにいるルームメイトに言った。

「陶子。いいかげん、あなたの心を見せてよ。今まで私は自分の気持ちを素直にあなたに伝えてきたわ。あなただって少しは自分の中身を見せてくれたっていいじゃない」

 恵梨沙はなおもつっかかってくる。

「恵梨沙。いいかげんにしてよ。私はもう疲れたから早くお風呂に入りたいわ」

 恵梨沙は灰色の悲しそうな目で陶子を見ている。一瞬、その瞳に心が揺らいだが、陶子はすぐに着替えと洗面道具を携えた。彼女が部屋を出ていこうとすると背後でルームメイトが言った。

「私、温室であなたたちを見たのよ」

 陶子が立ち止まる。