水川は両腕を組み、目を閉じ、静かに陶子の話を聞いていた。彼女が言葉を切ると、彼は目を開いて再び相手の目を見る。

「まあ、あんたにはあんたの立場ってものがあるもんな。史朗さんだって自分の意思でこの見合い話にのったわけなんだし……。でも、正直俺は将来あの人とどこか遠い町へ逃げて二人だけの生活を始めることを夢見ていたんだ。心の奥底で淡い期待を抱いていたんだ」

 水川は遠い所を見る。

「確かにあの人は器のでっかい人だ。だから俺みたいなわがままなガキも包容してくれる。ああいう性格だから家のことも捨ておけず親を安心させようとする。一つ訊いてもいいかい? 史朗さんがあんたの主義を尊重してくれるから、あんたはあの人と結婚することにしたと言ったな。あんたのその主義ってのは何なんだい?」

「私の主義ですか。私がどういう人間か水川さんにはわかりませんか」

「あんたがどういう人間かって?」

 水川は少しの間眉根を寄せ、それからハッと何かに気がついた。

「ああ、そういうことか! そういうわけだったんだな!」

 水川はショルダーバッグを肩に掛け「忙しいところをすまなかったな」と言って立ち上がった。陶子は頭を下げた。

 それからカメリア女学園の周辺に不審な若い男が姿を現すことはなくなった。