「俺は史朗さんの友人で水川っていうんだ。あんたはカメリア女子短大の沓掛さんだろ? さっきは恐がらせるようなまねをして申し訳なかった」


 喫茶店の中に入ると、若い男は自分の非を素直に詫びてきた。

「いいえ。そんなに恐くはありませんでした。でも、あなたは最近しょっちゅううちの学校の周りをうろついているから、先生方には不審者だと思われていますよ。多分、警察の方にもあなたのことで相談しているでしょう」

「まいったなあ。俺、あそこのションベン臭い姉ちゃんたちには全く興味は無いんだよねえ」

 水川は頭を掻く。

「もちろん沓掛さんにもそういう興味は持っていないけど、あんたは史朗さんの婚約者だから会ってみたかったんだ」

「あなたは松若さんの恋人ですね」

 陶子がたずねると水川はそれをすぐに認めた。

「うん。そうなんだ。彼とは三年来の付き合いだ」

「そうだろうと思いました」

 陶子は淡々と言う。水川が尾行してきた時から、彼女は彼の正体を予想していた。水川は自分が都内の大学に通う大学院生であることを話した。

「松若さんからは結婚のことについてどの程度話を聞いているのですか」

 陶子がたずねる。

「だいたいのことは聞いたよ。君たちの結婚は契約的な結婚で昔風に言うと『白い結婚』なんだってね」

「ええ、そのとおりです。私たちは戸籍上の夫婦になりますけど、互いのライフスタイルを尊重して生活していこうという約束を交わしています。新居のマンションでも彼の部屋とは別の棟で暮らそうと考えております。もちろん松若さんの嗜好についても了承していますので、彼とあなたのお付き合いについて私は一切干渉するつもりはありません」