学園は日本の伝統的なお稽古事を奨励しているので、多くの学生たちが町の茶道教室や華道教室に通っている。陶子も町の生け花教室に通っていた。

 週末のある日、陶子が生け花の稽古を終えて歩いていると、背後に彼女をつけている人間がいることに気づいた。彼女は早足で歩いた。道路の角を曲がるとそこで立ち止まり、追跡者が追いつくのを待った。ジーンズ姿の若い男が急いで角を曲がってきて、待ち伏せしていた陶子に捕まった。ベビーフェイスで華奢な若い男の子だが陶子より少し年上に見える。

「どうも、こんにちは」

 驚いている男に陶子が話し掛ける。

「あなたは誰? どうして私を尾行しているんですか」

 不審者と思しき男に声を掛けるなんて陶子も随分肝っ玉が太い。

「俺は松若史朗の友人だ」

 若い男が答える。

「俺はあんたと話がしてみたくてあんたをつけたんだ」

「そうですか。では、そこの商店街にある喫茶店へ入りませんか」

 まだ陽が高かったので、陶子は松若の友人だという男をお茶に誘った。