「やけに機嫌がいいじゃない? 今日デートしたお医者さん、いい人だったんでしょ?」

 部屋に戻るとルームメイトの沓掛陶子が話し掛けてきた。カメリア女学園の学生寮では、一部屋に二人の学生が住むことになっている。恵梨沙は濃紺のワンピースを畳みながら、ふふんと鼻を鳴らした。

「門の所であなたたちを見掛けた子が言っていたわよ。相手は若くてハンサムな人だったって。うちの学生に寄ってくるのは三十過ぎのおじさんばかりだから、二十代の男の人と知り合えるなんて運がいいわね。あなた、ここいらで手を打つんでしょ」

「どうかしらね」

「この縁談を逃したらこれ以上の話は来ないわよ。売り惜しみをしていたら、その内専攻科に進学することになっちゃうから。いくら勉強好きなあなたでも売れ残るのはご免でしょ?」

 短期大学の二年次で進路が決まらない学生はその上の専攻科に進んでいる。

「それも悪くないわね」

「まさか、あなた大金持ちが来るまで網を張っている気じゃないでしょうね? 聞けば、今日の彼は国産の大したことない車に乗っていたって話じゃない。お医者さんだけとあまりお金は持っていないんでしょう?」

 寮の前まで学生を送りにくる車は大抵エンブレムの付いたドイツ製である。

「あら、失礼ね。来宮先生は立派なお医者様よ。病気の子どもを助けるために、毎日寝る間も惜しんで働いていらっしゃるんだから」

「小児科医というわけね。来宮先生とやらは都内の開業医の息子なの?」

「いいえ。大きな総合病院に勤務していらっしゃるわ」

「へえ。じゃあ、薄給の勤務医というわけね。どおりで、外車を乗り回してはいないわけだ。カメリアの会員の中では珍しいタイプよね」

「そうね」

「お金は持ってなさそうだけど、あなたが彼をかなり気に入っているのはわかるわ。何も言わなくても、私にはあなたの表情であなたの考えていることがわかるのよ」