「あのぅ、うちの親は地方で開業していて、いずれは俺に跡を継いでほしいと思っている。君はここで立派な仕事をバリバリこなしているだろう。君のようなキャリアウーマンが田舎についてきてくれるとは思えない。俺の生まれ育った町は、君が従事しているようなクリエイティブな仕事なんて全くない所なんだよ」

「あなたは私に訊く前からそう決め付けているのね」

 志穂美はそう言って恋人を責めたが、実際彼についてきてほしいと頼まれたところで承諾できるかどうかわからなかった。

「それにあなた、前は東京に残りたいって言ってたじゃない」

「気が変わったんだ。親のことを考えたら、やっぱり長男の俺が継がなきゃいけないって思ったんだ」

 おそらく、田舎の両親に何か言われたのだろう。 

「そんなこと急に言われたって、『ハイ、わかりました』なんて承知できるわけないじゃない!」

「すまない! このとおりだ!」

 優二はテーブルクロスに両手をつき、人前で頭を下げる。

 志穂美は両手を組んで目を伏せたりため息をついたりする。彼女が返事をするまで頭を下げ続ける男の姿を、呆れた表情で見下ろしている。

「ねえ、どんな子か教えてよ。その女の子」

「へ?」

 優二は間抜け面を上げる。

「そんなことを頼まれたからには、私には知る権利があるでしょう」

「はあ」

「彼女とはどうやって知り合ったの? 歳は? 『女の子』というからには私より若いんでしょうけど。仕事は何?」

 今や心理的に上のポジションにいる志穂美はうろたえている恋人に問いただす。

「さあ、教えてちょうだい!」
 志穂美はオリーブオイルとガーリックの香ばしいにおいをかぎながら、彼らの少々奇妙な馴れ初めについて聞くこととなった。