しばらくして住職が右のこぶしを左の手のひらにポンっと置いた。

「では、こうしましょう! お二人が両側から奥村さんの腕を引っ張って綱引きをします。私がこの腕時計で時間を測りますから、三分間で勝負をつけてください。どうです、これ? シンプルなやり方でしょう?」

「わかりました」

志穂美と菫がほぼ同時うなずいた。

二人が位置について優二の腕を片方ずつ持った時、志穂美は考えた。これはいわゆる昔話で読んだ「大岡裁き」と同じ展開ではないか。確かあの話では実母と養母が子供の親権を争って、腕を引っ張られて痛がる子供の腕を放した方が認められたはずだ。


住職の合図によって、二人は両側から優二の腕を引っ張り始めた。優二はすぐに苦悶の表情を浮かべた。

頃合いを見計らって志穂美が彼の右腕を離した。

「やめ!」

住職が片腕を上げる。

「勝負はつきましたな。谷野さんの勝ちです」

菫は「きゃあ」と言いながら優二と抱き合った。

「これで僕たち、住職のお墨付きだな」

「ちょっと待って! 私は優二のためを思って彼の腕を離したのよ。彼は歯医者なんだから腕を痛めたら困るでしょう」

志穂美が声をかける。これは大岡の名裁きとは違うのだろうか。

「これは人間綱引きの勝負です。自分の方に綱を寄せた方が勝ちです」

住職が言う。

「でも、私は彼の身を案じたのよ! 思いやりがある私の方が彼に相応しいわ!」

「勝負は勝負です」

「え~~~~! そんなぁ~~~!!」

憤慨する志穂美を尻目に、公認カップルが互いをうっとり見詰め合っていた。志穂美の頭の中は混乱の渦が巻いていた。