その日、志穂美は瀟洒なイタリアンレストランに呼び出された。何やら大事な話があるようで、彼女はいよいよ彼からプロポーズを受けるものだとばかり思ってやってきた。頭の中に婚約指輪の入った小箱を思い浮かべながら、彼女は約束の場所にやってきた。

 映画のワンシーンのように、優二は頭を垂れ、彼女に結婚をしてくださいと頼むのだ。レストランの扉をくぐるまでの彼女は世界で一番の幸せ者だった。

 優二は先にテーブルに着いていた。卓上にあるキャンドルの灯りに照らされた彼は、いつになく神妙な面持ちだった。それもこれも恋人に求婚する緊張からだろうと志穂美は思った。あいさつを済ませた彼女が向かいに座ると、彼は開口一番こう言った。

「俺と別れてほしい。結婚したい人が現れたんだ」

 一瞬、何を聞いたのかわからなかった。志穂美の頭脳はすぐにその言葉を処理することができなかったので、当然次のような言葉を発した。

「何ですって?」

「君以外の女の子を好きになった。だから別れたいと言っているんだ」

 優二は残酷な願望を淡々と述べる。

 優二がそう言うということは、彼はいつの間にか他の女にも食指を伸ばしていたということだ。純粋培養されたお坊ちゃまと思いきや、存外女癖の悪い奴だったのか。

「優二。ということはあなた、二股を掛けていたというわけ?」

 志穂美の声がとがる。彼女は結構気の強い女だ。

 大抵の男はこういう時、女の質問に対して明確にイエスやノーと答えないものだ。あたかも政治家の答弁のように、用心深く遠回しに説明を始める。