「ごめんよ。あんたはあんなに彼氏が好きだったのにねえ」

 母親は丸々とした肩を震わせてすすり泣く。幸恵の頭の中が真っ白になった。

「聞いただろ? 僕は今まで片時も君のことを忘れたことはなかった。子どもの顔だって見たかったよ。一昨年、夏休みを利用して東京からはるばる君に会いにきた時だって、お父さんから門前払いを食らったよ。今日だってたまたまお父さんがお留守だったから家に上げてもらえたんだ」

「そんな」

 体中の力という力が抜けていく。

「まあ、僕は高校生の身でありながら君を妊娠させた男だから、お父さんから疎んじられるのも当然だけどね。でも今の僕は自立しようとしていて、堂々と君に求婚できる。アルバイトで貯めたお金も結納金代わりに持ってきたよ」

 青年は両手で厚い札束が入った祝儀袋を差し出した。そして再び頭を下げた。

「幸恵。僕と一緒に東京へ来てくれ」

 幸恵は右手で額を押さえて目を閉じた。

「私、何と返事をしたらいいのかわからないわ。あまりにも突然のことで、どうすればいいのかわからないのよ」