数日後、幸恵は権藤社長のオファーに承諾し、彼の経営する株式会社越仁会で秘書業務に従事することになった。ただし、初めの一年間は試用期間で契約社員として働かせてほしいという条件を提示した。もし権藤に言い寄られるようなことがあれば、いつでも逃げられるように逃げ道を作っておいたのだ。

 権藤は純然たるビジネスマンだったので、秘書となった幸恵のことを夜の商売の女として扱うことはなかった。彼と第一秘書の中川の仕事に対する態度は厳しく、幸恵は彼らに叱責されることが度々あった。だが、彼女は必死になって会社の求める役割を果たそうと努めた。心無い社員が幸恵のことを盛り場から引っ張られてきた社長の愛人だと陰口をたたいたが、彼女は気にしなかった。ただひたすら子どもを養うために働いた。

 一年の試用期間が終了した後、幸恵は自ら望んで正社員になった。数年後、彼女は権藤の片腕である秘書の中川と結婚し、夫婦二人三脚で社長を盛り立てていった。彼女が三十代半ばの頃に夫の中川が心筋梗塞で急逝すると、その後は彼女が夫の代わりに権藤の片腕となって彼を補佐していった。