翌日の姫の機嫌はよかった。
業務にも意欲的に取り組むので、秘書は溜まった書類を書斎に運び、缶詰状態にした。
それでも彼女は与えられた仕事をこなした。
全ては父が婚約発表をしてくれるから。
もうフリップは試合をしないから。
そう思っていたのだ。
しかし、それは化粧室に立った際に崩れ落ちるような脆い安堵感だった。

「フリップ様連日の試合大変ですね」

何も知らないお付きの召使いは何気なく姫に伝えた。

「どういうこと?」

「本日もフリップ様は闘技場にて姫様を狙う男を倒しているのです」

召使いは二人の恋愛を理想だと思っていたようで、目をキラキラさせてヒーロー話をした。
姫はドレスを翻した。
呆気にとられる召使いを置き去りに、闘技場の入口へ走った。
秘書が必要以上に書類を持ってきたのは偶然ではなかった。
全て王の計らい。
こんな馬鹿げた試合、馬鹿げた国、潰してやる。――姫は駆けながら決心した。
国も王も……自分もどうなってもいい、と。
ただそんなどうしようもない自分達のせいでフリップを傷つけたくなかった。
だから、姫はひたむきに走った。

歓声が沸き起こる。
愛しい人の名前を合唱する。
外の光に照らされて彼が姫の方へ歩いてきた。
姫はいつものように触れなかった。
抱きしめて、とも言わなかった。
ただ一言、

「わたくしと逃げて」

彼は姫に反対したことはない。
頷くように彼女を抱き寄せた。