今日の相手は身長2メートルを超していた。
風貌は昔話に出てくる大男のようだ。
姫にはその男が人間とは思えなかった。
男の拳を軽やかな動作でフリップは避けるが、風圧で身体が後ろに傾く。
その風は熱狂している闘技場の国民の閲覧席、姫の座る二階特別席まで届いて皆身震いした。
手すりから身を乗り出し、姫は祈ることしかできない。
フリップは強烈な拳や蹴りを避けながら、相手の隙を狙っているようだった。
一方で奇天烈な仮面を被った大男は手加減なしの攻撃をしていた。体中に汗をかいている。
剃り上げた後頭部の汗が先程から仮面に入っていく。
恐らくその汗が目に入ったのだろう、男の動きが一瞬止まる。
その隙を逃さず、フリップは持っていた木の剣で腹部を切るように叩く。
大男は息が詰まったように止まったが、すぐに動きだし、フリップの剣を叩き折ってしまった。

「フリップ!」

姫は思わず叫び、この馬鹿げた試合を中止にするために下に降りようとした。
行く手を護衛兵に遮られる。

「いけません。王が許しません」

「フリップの命には変えられないわ」

「駄目です。御辛抱ください」

「嫌よ! 離して!」

護衛兵をすり抜けようとして姫の腕は彼に掴まれる。
精一杯の抵抗をしてもビクともしない。
心なしか護衛兵の表情も苦しそうだった。
無言の押し問答が続いたが、外から聞こえた歓声に二人して下を覗き込んだ。
大男がうつ伏せに倒れ、フリップが左腕を押さえながら敗者を見ていた。
フリップが勝ったことを認めた護衛兵は姫の腕を離して、どうぞと一礼した。

勝ったからなんだっていうのだろうか。
姫はスカートがめくれるのを気にせず全速力で走った。
たとえフリップが負けても彼以外の男と結婚なんてできるはずない。
万が一結婚しても心はあの人のもの。
誰にも侵されない。
それよりも彼が死んでしまうこと、
私のせいで怪我してしまうことの方が何百倍も辛い。
地響きのように観客の声が聞こえる。
フリップ、フリップと英雄を称えている。
彼が戻ってくる闘技場入口を姫は目指していた。
歓声と光でまるで花道のように輝いている入口に影が歩いてくる。
堂々としているのに姫は息苦しくなるほど心配だった。
愛する人の顔を見つけた瞬間、全てを忘れてしまったかのようにフリップに抱きついた。
彼は左腕の痛みからか一瞬顔をしかめたが、両腕で彼女を抱き寄せた。