唯一の涙


「あ?」



地を這うような低い声に、私は慌てて口を押えた。
手元にあったメガホンを意味も無く弄んでみる。



突き刺さるような視線を懸命に受け流す。
こんなの、真っ向から受け止めたら、命が幾つあっても足りないって。



「あっ、先生‼ツーアウト、あと一つですよ」



「……」



先生は諦めたのか、顎を引いて試合を眺める。
私もホッと一安心。



私が視線を戻した瞬間、チェンジになったようで、先輩達がベンチに帰って来た。
まだ完全とは言えないけど、先輩達の顔に光が宿り始めてる。



「お疲れ様ですっ、この調子で点入れて行きましょう‼」



ノーアウト。一、二塁になった時は如何なるかと思ったけど、点が入らなくて良かった。
鬼才の4番打者は、初球の長打ファールを見越して敬遠してたし。



敬遠も兵法の一手ってことだよね。



次の打席は水野先輩からだ。
先輩のヘルメットを手渡して、先輩と静かに眼を合わせた。



言いたい事はいっぱいある。
でも、私は敢えて言葉ではなく、眼で伝える事にした。



いつか、死んだお婆ちゃんが言っていた言葉を思い出したから。



それは、誰だって一度は聞いた事のある言葉。



【目は口ほどに物を言う】ってさ。



「ーーーー」



先輩も私を習ってか、何も言わなかった。
まぁ、先輩の気持ちはちゃんと伝わって来たから、笑って見送る。



ベンチに戻ると、白石先輩と藤堂先生にニヤニヤされたけど、オール無視。



二人の相手をするより、水野先輩を見守る事の方が何百倍も大事だからね。