夕方。

せわしく行き交う人達に交じって、僕は終電前の駅のホームを歩く。

今日はクリスマス。

予定が何もない僕には、もはや無関係な行事だ。

早く家に帰ろう。

うわべと本音は違うもので、どうやら内心はそう思っていないようだ。

隣にいるカップルを羨ましそうにちらりと横目に映す。

あからさまに不機嫌な顔をする自分に嫌悪感を抱きつつ、僕は電車を待った。

電車の到着を知らせるメロディが鳴る。

僕はいつものように、電車の方に目をやる。

ふんわりと、それはそれは綺麗で心地よい香りが漂ってきた。

それとほぼ同時に、一人の女性が僕の隣にやってくる。

電車から目をそらし、女性の方を一瞥すると、その時。

さっきまで隣にいた女性が、線路に向かってジリジリと歩き出し、線路に身を投じようとする。

「危ないっ!!!」

咄嗟とはこのことかと思った。

白くて今にも折れそうなくらい細い彼女の腕を掴み、一気に引き寄せた。

「プワァァァ〜ン」

電車の汽笛が、物凄く遅く聞こえた。

僕たちはその場に倒れこんだ。

「・・・・・・」

息を整えるまでに、何時間も経ったようだった。

もう周りにひと気はなく、僕とその女性だけになってしまった。

「だいじょうぶ?」

雨に濡れた仔犬のように、女性はプルプルと身体を震わせている。

「どうして・・・・」

力なくそう言うと、女性は顔を小さな手で覆い泣き崩れた。

「・・・どうして助けたの?」

昔から僕の両親は、人に感謝される人になりなさいと言っていた。

人を助けることが、感謝されることだと思っていた僕は、呆気にとられてしまった。

「どうしてって、危なかったから」

いかにも間抜けな答えをした僕に、女性は少しだけ泣きやんだようにみえた。

これが、僕と渼彩のであいだった。