船上パーティーを抜け出した私は、真っ直ぐに敦哉さんのアパートへ戻った。
そして荷物を丸めると、自分のアパートへ帰ったのだった。
久しぶりの部屋は寒くて、ここがこんなに寒かったのかと思うくらいだ。

「良かった。解約してなくて」

まさか、こんな形で帰ってくる羽目になるとは思わず、皮肉を感じる。
家具などの大きな物の運び場が無く、そのままにしておかざる得なかったのが、結果的には良かったのだ。

「今ごろ、敦哉さんは何をしているんだろ」

考えれば考えるほど泣けてくる。
私がいなくなった事に、気付いてくれるのはいつだろう。
奈子さんが話せばすぐに気付くだろうけれど、そうでなければいつ私を気にかけてくれるのか。

「ちっとも気にかけてくれなかったりして」

窓を開けて夜の空気を吸う。
船が停まっているのは、あちらの方向だったか。
見えるはずもない船を見つめるつもりで、敦哉さんの顔を思い浮かべると、涙が溢れて止まらない。

「敦哉さん•••」

どうせ聞こえないのだから、何度でも言おう。
名前を呼ぶだけならば、迷惑にはならないはずだから。

「敦哉さん、敦哉さん•••」

本当は届いて欲しい私の想い。
だけど届いてはいけないこの想い。
だから、ここで言葉にする。

「敦哉さん、好き」

涙と一緒に流れてしまえばいいのに。
私の想いも全て•••。
泣き続けるしかない夜なんて、昨日までは想像もしていなかった。

そして月曜日、いつもと同じ様に出勤した私は、敦哉さんに呼び出されたのだった。
それも、いつかキスをしてくれた非常階段に。
思えば、あの時から敦哉さんは私に疑いを持っていたに違いない。
だけど、それをぶつけてくれる事はなかった。
そして私も、敦哉さんと向き合う勇気が無かったのだ。
そう考えると、やはり私たちは絆の浅い関係でしかなかった様に思える。

「愛来。このメモ、どういう意味なんだ?」

敦哉さんが息を切らせて見せた紙は、私があの夜書いた置き手紙だった。
手紙といっても、『さようなら、そしてありがとう。アパートへ戻ります』と書いただけのもの。
そして、それには指輪も添えていたのだ。

「これ、いつ見つけてくれたの?」

分かりやすい様にテーブルの上に置いて出てきたから、すぐに見つけられるはずだ。
それにこの慌てぶりなら、昨日私を訪ねてきてもおかしくない。
ましてや日曜日だったのだから、昨日ではなく今日問い詰められる事に違和感を感じる。
そんな私の質問に、敦哉さんは口をつぐんだのだった。
きっと、昨日の夜か今朝見つけたに違いない。
それまでは、奈子さんと一緒にいたのだろうか。
余計な事を考えて、胸が苦しくなってくる。

「敦哉さん、その言葉通りよ。私ね、海流と再会して、昔が懐かしくなったの。そうしたら、敦哉さんとの恋人関係がバカバカしくなっちゃって。ごめんね。私、もう敦哉さんに協力出来ない」

そう言い放った私に、敦哉さんは立ちすくんだまま言葉を発しない。
ただ持っていた置き手紙を握りしめて、何かを我慢している様だった。
きっと、感情を出さない様にしているのだろう。
最後まで、敦哉さんは私を責めない。
それを優しさだと受け取って、さようならをしなければ。

「じゃあね、敦哉さん。あ、それと•••」

敦哉さんと奈子さんとのやり取りの中で、一つ引っかかっていた事がある。

「跡を継ぐ話、お父さんに本音を話してみたらいいんじゃないかな?きっと、敦哉さんたちは、コミュニケーション不足なのよ。話してみる事で、開けるものもあるかもだよ?私、敦哉さんの努力をずっと見てきたから分かる」

そう言って、私はオフィスへ戻った。
奈子さんは、敦哉さんを逃げていると言っていたけれど、私はそう思わない。
だって、知っているから。
敦哉さんが、いつも頑張っていた事を•••。