恋人を振り向かせる方法



中心地から少し外れた場所にあるだけに、アパートの前まで来るとさすがに人通りはない。
5階建てのシンプルはグレーのアパートで、知る限りでは若い人しか住んでいなかった。
男女は半々くらいで、会っても挨拶すらしないドライな関係だ。

「だいぶ寂しい場所なんだな。大丈夫か?物騒なんじゃないのか?」

辺りを見回しながら、敦哉さんは心配そうな表情を浮かべている。

「今は夜なんで静かですけど、この辺はお店ばかりなんで、意外と賑やかなんですよ。それに、少し先にはコンビニがありますし」

本気で心配してくれる姿に感動する。
いくら、『恋人同士』になったとはいえ、実感が沸かない上にこの期に及んでもまだ半信半疑だ。
だから、私を心配してくれている姿が本当に嬉しかった。

「それならいいんだけど」

それでもまだ心配そうに辺りを見回す敦哉さんに、思わず吹き出した。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。入り口はオートロックですし。それじゃあ、お休みなさい」

自然と手が離れた瞬間を見計らい、敦哉さんに軽く会釈をしてアパートに入ろうとしたところで、思い切り腕を引っ張られたのだった。

「ちょっと待って。忘れ物」

「え?忘れ物?」

忘れ物とは一体何だろうと思った瞬間、敦哉さんの唇が重なった。
それは、軽く触れただけのキスだけれど、思わぬ展開に目を見開いたまま固まってしまったのだった。

「キス、俺はすぐにでもしたかったんだけどな。愛来は違った?そんなにサッサと帰られたら寂しいじゃん」

敦哉さんは私の体を優しく包み込む様に、両手を回した。
そして、否が応でも引き寄せられ、目の前には敦哉さんの胸がある。
身長差が30センチ近くあるのだから、こんなに近くだと目の前は胸になるのだ。
それが、私の緊張をさらに増幅させたのだった。

「寂しいって•••」

どうやって返せばいいのかが分からない。
戸惑うばかりの私に、敦哉さんは笑った。

「そういう愛来が可愛いな。染まっていないっていうか。俺好みに染めたいって思う」

敦哉さんはそう言って、今度は息が止まるほどのキスをした。
舌を絡めてきながら、その腕は私を強く抱きしめた。
ほのかに香る甘い匂いは、コロンだろうか?
色気を感じる品の良さがある。
そんな香りもあってか敦哉さんとのキスに、今までに感じたことがないくらいに体が熱くなるのを実感した。
自然と息遣いも荒くなり、ようやく唇が離れた時は体の力が抜けてしまい、敦哉さんの体に倒れ込みそうになっていたのだった。

「大丈夫か?」

体を支える様に抱きしめてくれた敦哉さんは、穏やかな口調で問いかけてきた。