「はぁ•••」

会社の化粧室で、思わず漏れるため息。
ゆうべの海流とのキスが、時間を追うごとに罪悪感に変わっていったからだ。
あれから、海流は連絡をしてこない。
もちろん、待っているわけではないけれど、あんなキスをした後に音沙汰がない事に拍子抜けだ。
そして、敦哉さんもよそよそしい。
かと言って、何かを聞いてくるわけでもない。
だから余計に、後ろめたさが募っていたのだった。

「デスクに戻りたくないな」

今日に限って敦哉さんは社内にいるのだから、顔を合わせ辛い。
それでも、いつまでもここにいるわけにいかない。
鏡の自分に喝を入れると、化粧室を出ようとした。
とその時、いつか私に嫌がらせをした他部署の三人組が入って来たのだった。
何てタイミングが悪いのだろう。
考え事をしていたせいで、最近では使っていないこの化粧室を使っていたのだ。
そのせいで、この三人組に会ってしまった。
とにかく、無視して出よう。
そう思った時、一人に足を引っ掛けられ、危うく転びそうになった。
間一髪、ドアの取っ手に手を掛けて転倒は避けられたものの、怒りが一瞬で沸き上がる。
今日の私は機嫌が悪いのだ。

「ちょっと、危ないじゃない!何するのよ」

思い切り睨みつけてやると、三人は悪びれた様子もなく私を睨み返している。

「何するのって、こっちのセリフ。あんたこそ、新島さんという彼氏がいて、よく浮気なんて出来るわよね?」

「えっ!?」

浮気!?
その言葉に、思い浮かぶのは海流とのキスだ。
まさか、見られていたのか?
いや、そんなはずはない。
夜中で、人など歩いてもいなかったのだから。
とにかく、ここはトボけるしかない。

「意味が全然分からないんだけど。突っかかってくるのは、やめてくれる?」

シラをきり通すつもりで言うと、別の一人が薄笑いを浮かべたのだった。

「見られていないとでも思ってる?おととい、あんたが別の男と手を繋いで走ってるのを見たんだけど」

「えっ?」

おとといといえば、海流が会社にやって来た日だ。
それじゃあ、あの日海流に手を取られ、走っている姿を見られたというのか。
言葉を失う私に、三人は満足げな表情を浮かべている。

「社内で噂になり始めてるわよ。新島さんの耳には、とっくに入ってるけどね」

「な、何でそんな事が言えるのよ」

この後に及んで、まだ抵抗してみる。
とにかく、この人たちに話さなければいけない理由はないのだから。
すると、それまで黙っていた三人の中でも、とりわけ性格のキツそうな一人が言ったのだった。

「だって、あの後、私たちで新島さんに話したもの」