海流は言葉通りに、敦哉さんの車がやって来る数分前に姿を消した。
「一人は危ないから、こっそり覗いとく。愛来は気にせず帰れよ」
そう言って•••。
一体、どこから覗いているのかは分からないけれど、見られていると思うと緊張する。
落ち着かない気持ちで待っていると、敦哉さんの車が横付けしてきたのだった。
「あれ?愛来、一人?」
運転席から出てきた敦哉さんが、周りを見渡す。
「う、うん。一人よ。何で?」
素で質問をしているのか、探っているのか分からないだけに動揺する。
すると、敦哉さんは特に表情を変える事なく言ったのだった。
「だって、友達と一緒だったんだろ?送って帰ったのに」
そうか、そういう事か。
そう思っただけなら良かった。
安心して肩の力が抜ける。
「先に帰ったのよ。きっと気を遣ってくれたんじゃないかな?」
助手席のドアを開け車に乗り込もうとすると、敦哉さんに腕を掴まれた。
「どうかした?」
振り向いた私に、敦哉さんは切なそうな笑顔を浮かべた。
「愛来、キスしよう」
「えっ!?ここで?」
キスという言葉に、罪悪感が込み上げてくる。
ほんの数分前、私は敦哉さんでない人とキスをした。
それも、拒む事もせずに受け入れた。
私がやった行為は、立派な浮気だ。
そんな裏切り行為をした直後に、敦哉さんとキスをする事に抵抗を感じる。
戸惑いを見せる間にも、敦哉さんの顔が近付いてきて、思わず逸らしてしまった。
「何で、キスを避けるんだ?」
顔を逸らした私を責めているのが、敦哉さんの低い声で分かる。
だけど、自分のした事を言えるはずがない。
「ごめんなさい。だけど、どこで人に見られているか分からないから」
もっともらしい理由をつけて断ったつもりで、もう一度助手席に乗り込もうとした時、強引に腕を引っ張られ唇を塞がれた。
「敦哉さん•••」
頭を抑えつける様に、敦哉さんは私を自分の方へ引き寄せる。
そして、息も止まるくらいのキスをしてきた。
もしかして、私を疑っているのだろうか。
それでなければ、こんな風に強引なはずがない。
海流とのキスで胸をときめかせながら、敦哉さんとのキスにも感じる私が、一番裏切り行為をしていると思う。
「帰ろう。早く、人目を気にせず二人きりになりたい」
敦哉さんは唇を離すと、私の頭を優しく撫でて助手席へ乗り込ませた。
アパートまでは車で10分程度だけれど、車内は重苦しい空気に包まれただけだ。
会話もなく、笑顔もない。
そしてアパートに着き、さっさと部屋へ戻った敦哉さんは、私を力づくで抱いたのだった。
間違いなく、私は敦哉さんに疑われている。
抱かれながら、それを感じていた。