恋人を振り向かせる方法



「ご馳走さまでした」

「いや、ラーメン一杯でおごった顔も出来ないけどな」

敦哉さんはそう言いながら笑うと、左手を差し出した。
それは、私に手を繋ごうと言っているとすぐに分かり、年甲斐もなく恥ずかしさで立ち止まってしまった。

「夜はさすがに肌寒いな。手を繋いだ方が暖かいよ」

「はい•••」

ゆっくりと手を伸ばすと、その手は力強く引き寄せられ、指と指が絡まった。
これくらいの事で恥ずかしく思う自分が情けないけれど、学生の頃に別れたきり彼氏という存在とは無縁だったのだから仕方ない。

「愛来って、けっこう奥手なんだな。ますます、タイプだよ」

「えっ?」

それには何と答えていいか分からない。
こういうやり取りに慣れていないのもあるけれど、敦哉さんが意外と『肉食系』なのにも戸惑いを感じるからだ。
普段の社内では穏やかな雰囲気なのに、二人きりだとどこか強気になるみたいだ。

「愛来はどうやって帰る?」

ふいに敦哉さんが聞いてきた。

「あっ、えっと私は歩いて帰ります。一人暮らししているアパート、ここから近いんです」

「そうなのか?じゃあ、家まで送るよ。夜中に女性の一人歩きは危険だからさ」

そう言って敦哉さんは、手に力をこめる。
男の人に手を握ってもらうのは久しぶりだけれど、その温かさに守られている様で癒される感じもした。

「愛来の手って、小さくて冷たいんだな」

歩きながら、ふと敦哉さんは言った。
0時を回っているとはいえ、人通りは多くてぶつかりそうになる。
その度に、敦哉さんはさりげなく手を引っ張って私を守ってくれていた。
それを感じながら胸をときめかせていただけに、その言葉はさらに胸を高鳴らせたのだった。

「私の手って、そんなに小さくて冷たいですか?」

「ああ。ほら、俺の手で包み込めるから」

そう言われて、私の手は敦哉さんの手に包み込まれた。

「な?小さいだろ?ついでに、少しでも温めてやるよ」

そして私の手は、敦哉さんのスーツのポケットに入れられた。
こんな風に歩くのだって初めてなのだ。
だから胸は高鳴り、隣を歩くだけで精一杯。
まともに会話が出来るはずもなく、あっという間にアパートへと着いたのだった。