思わぬ提案に、返事をするのも忘れている。
呆気に取られている私に、敦哉さんは軽くキスをした。

「な?いいだろ?俺は、愛来ともっとたくさん一緒にいたい」

穏やかな笑みで私を見つめてくる。
そんな顔を見せられたら、断ることなど出来ない。
なんて、断るつもりもなかったけれど。
ようやく小さく頷くと、敦哉さんが抱きしめてくれた。

「良かった。これでいつも、愛来と一緒にいられる」

「敦哉さん•••」

なぜ、そこまで私と一緒にいたいと思ってくれているのに、好きだという言葉をかけてくれないのか。
敦哉さんにとって、私は今どの位置にいるのだろう。
どうすれば、心の底まで入っていけれるのか。
そんな事を考えながら目を閉じた時、敦哉さんの携帯が鳴ったのだった。

「ったく、何だよ」

敦哉さんも完全に睡眠モードになっていたせいか、不機嫌極まりない顔で携帯に手を伸ばした。

「噂をすれば高弘だ。何だよ、こいつ」

気だるそうに電話に出ながら、もう一方の手は私の髪を撫でる。
例の従兄弟からの電話とは、穏やかではなさそうだ。

「もしもし?何だよ、こんな時間に」

仲が悪いというのは間違いない様で、面倒臭そうに会話をしている。
どうやら、高弘さんから会おうと言われているらしい。

「分かった。分かったよ。安田家の人たちも来るんだろ?ちゃんと顔を出すよ。じゃあな」

そう言って切ると、携帯を置いた。

「安田家の人たちって?」

「高弘の名字なんだ。あいつの家族から呼ばれてさ。ったく、そっとしておいて欲しいよな」

敦哉さんは私を抱きしめたまま、今度こそ目を閉じた。
そして、穏やかな寝息を立てている。
だけど、私の方はすっかり眠気が吹っ飛んでしまった。

「安田って、まさかね」

決して珍しくない名字なのだから、驚く事ではない。
だけど、思わず動揺してしまった。
何故なら、『安田』という名字は元カレと一緒だからだ。
学生時代に別れた最後の恋人、海流(かいり)と同じ名字なのだ。
だけど、身内にお金持ちがいるとは聞いた事がない。
いくら高弘さんが直接の跡取りではないとはいえ、親戚に新島グループの総帥がいるならば教えてくれたはずだ。

「ただの偶然よ。偶然」

だけど、お蔭で思い出してしまった。
海流との別れを。
円満な別れ方が出来なかった過去を、思い出してしまったではないか。

「とにかく、寝る!」

無理矢理目を閉じ、眠ってみたけれど、夢に見たのは海流との別れだった。
『やり直して欲しい』と、何度も言ってくれた海流が、夢の中に再び現れたのだった。