「憎まれ口?」

抱きかかえられたまま、私は敦哉さんを見下ろす格好だ。
まるで子供の様に抱かれて、どこか恥ずかしい。

「そうだよ。まあ、そう思わせてる俺が悪いんだけど、一つ勘違いしないで欲しい事がある」

「何?」

すると、敦哉さんは穏やかな笑みを向けた。

「俺は、遊びで愛来と付き合ってるわけじゃない。それだけは、勘違いしないで欲しいんだ」

「うん•••」

自然と重なる唇。
抱きかかえられたまま、敦哉さんとキスをした。
分かっていて付き合っているのは私だ。
敦哉さんを振り向かせてみせると、豪語したのも私。
だから、今の関係をそれほど不満に思っていない。
だけど、敦哉さんの言葉は心底嬉しくて、絶対に振り向かせてみせたいと、欲も出てくるのだった。
それからしばらくキスを重ねた後、もう一度ベッドへ入った。
それは、体を重ねる為じゃない。
眠る為だ。
シングルベッドで抱きしめ合いながら、ずっと疑問に思っていた事を聞いてみたのだった。
こういう時でないと、なかなかゆっくり話が出来ないからだ。

「敦哉さん、家を継がないなんて言ってたけど、本当に本気なの?」

「何だよ、急に。愛来はシラフに戻ると、途端に色気のない話をしてくるよな」

ため息をつかれてしまい、この話を振られるのが嫌だという気持ちは伝わってくる。
だけど、私と付き合った理由が、政略結婚を拒否する為なのだ。
そして、跡を継ぐだの継がないだのも、問題になっている。
どちらも、自分に全く無関係とは思えなかった。

「私にも、知る権利はあると思う。そもそも、私と付き合った理由が•••」

「分かった、分かった。ちゃんと話すよ」

敦哉さんは言葉を遮り、渋々受け入れてくれた。
そして、ゆっくりと口を開いたのだった。

「俺が跡を継ぎたくない理由は、オヤジが嫌いだから。同じ道を進みたくないだけなんだよ」

「何で、そこまで?確かに、厳しそうな方だったけれど」

やっぱり、人生を決めつけられている事が嫌なのだろうか。
その気持ちを納得する事は出来る。
だけど、どうしても分からないのは、あれほどの大企業を束ねる総帥の跡を継がないという意味が、分からないはずがないのに、断固として拒否をしているところだ。
だから余計に、理由が知りたいのだ。

「実はオヤジには、長年付き合ってる愛人がいるんだ」

「あ、愛人!?」

想像もしていない言葉が飛び出し、面食らってしまう。
なんと穏やかでない言葉か。

「そう。権力に群がる女が多いんだ。それをはねのけられないオヤジも情けないし、見て見ぬ振りを続ける母さんにもウンザリでさ。正直、親子の縁切りをしてもいいとさえ思ってる」

「そんな•••」

大企業グループの御曹司だというのに、ここまで家庭事情が複雑になっているなんて、どこまで皮肉なのだろう。

「でも、もし敦哉さんが継がなかったらどうなるの?グループは大丈夫なの?」

「それは大丈夫。血縁者にこだわるなら、俺の従兄弟がいるからな。そいつに継いでもらえばいい」