「ふん、食えないヤツ」

 
「だって、食べ物じゃありませんもん」

 
一瞬の間、顔を見合わせて、二人とも笑ってしまった。



本当に楽しい。

そうだ、ルージュのお礼言わないと。

わざわざ選んでくれたんだから。

ちょっと赤すぎるけど。


 
「ルージュ、ありがとうございました。わざわざ選んできていただいて……」


 
相手はベンチの上にグラスを置き、艶然と微笑んだ。


 
「ルージュを贈ることの良い点は、少しずつ返って来るところだ」


 
ピアノの音色、それにかぶるヴァイオリン。

マスネーの『タイスの瞑想曲』が聞こえてきた。


 
手が引き寄せられ、肩を抱かれた。

 
氷室涼輔の顔が、近づいてくる。


 
――キス、されるんだ。
 


鈍いあたしにも、何となく想像がついた。