ここに在らず。



……でも、それなのに。


「……」


信じられない事に、私は断る言葉を口に出来ないでいた。むしろ、分かりましたと言いそうになってしまうくらいで…何故だろう、戻っても何も良いことなんて無いのに。この人の気持ちを理解するのと戻るのとは別なのに。そう分かっているのに助けてあげたくなるのは…今私に縋り付くこの人が、私の母だからだろうか。

…そうだ、この人は…


私の母親だ。


グラグラと揺れ始めた私の心。そしてそれが母の方へと傾き始めた、その時だった。…そんな私にきっと、トウマさんは気付いたのだろうと思う。


「サエにはもう、自分の居場所があります」


聞こえてきた凛とした声が、この部屋に漂う妙な空気を断ち切った。


「そこはあなたの選んだ場所で、サエの場所ではありません。もうサエを自由にしてあげて下さい」


そして続いたその言葉でハッと我に返ったのは…どうやら、私だけでは無かったようだ。


「私の…選んだ場所…?」


小さくぼんやりとした視線で呟いた母。そして私を掴む力を緩めた母は、そっとそのぼんやりとした視線を私へと向けた。


「サエちゃんは…今、何処に居るの?」

「……私は、トウマさんの所に居ます」

「そこは良い所なの?その人は良い人なの?」

「はい。私は…もう、幸せです」

「幸せ…?」