ここに在らず。



「この件については奥様と話し合うとおっしゃってました。それと事業の件、もし立ち上げる事になったとしても、サエはうちですでに使っているので、別でお探しなるつもりだそうですよ」

「!、な、なんで…それは、それじゃダメなのよ…!」


すると、トウマさんの言葉に身を震わせた母はそう言って、急に私の方へと向き直る。蒼白な顔面に震えながら冷や汗をかくその姿は、一目見ただけでも普通だとは言い難いものだった。


「ね、ねぇサエちゃん。戻ってくるわよね?何ならお仕事しなくてもいいから、だからここへ戻ってきなさい」

「な、なんでですか?」

「なんでも何も無いじゃない。ここがあなたの場所よ?あなたはここへ戻ってくるべきなのよ、ねぇそうでしょ?」

「…えっと…」

「みんな勝手なのよ、私のことなんて何も分かって無いの。私はこんなに頑張ってるのに、それなのに全然分かってくれないの。私の事無視するのよ。サエちゃんなら私の気持ち分かってくれるわよね?そうよね?」

「……」

「ね?サエちゃん!私独りなの!とっても辛いのよ!だから戻って来て?ねぇ、お願いよ…!」


私に縋り付きながら、そう哀願する母。そんな彼女の姿に…なんだか、とても不憫な気持ちになる。

言っている事は分かる。彼女の立場が容易に想像がつくのはきっと、私が今言う彼女の立場にいたからだ。だから分かるわよね?なんて私に言うのだろう。でも…それと戻る事は別の話だ。

私に戻って欲しいという理由。きっとそれは私が戻る事で皆の矛先が自分では無く私に向くと、そう信じているからだろうと思う。きっと今、彼女は以前の私の立ち位置にいる。皆から別の物を見る目で見られて、皆の不満の向けどころになっている。だから今、恥も捨てて私なんかに縋り付いている。それが私には、今までのやり取りとこの瞬間の彼女を見て理解出来た。

可哀想、素直にそう思う気持ちはある。でも…だからといって、きっと私が戻ったらこの人は今までのように、ころりと態度を一変するはずだ。それはもう分かってる。裏切られる事は目に見えている。