ここに在らず。



突如聞こえてきたその声。どうやらそれは私の部屋から聞こえきたらしい。


「待ってたの。早くこっちに来て話しましょう」


そう言って部屋から現れたのは…母だった。


お祖母様では無かった、それが少しだけ私の気持ちを楽にさせる。でも…一体何故母が?軽くなった気持ちにそんな興味が相重なって、立ち止まっていた私の足は再度動き出した。

そして慣れ親しんだその短い廊下を歩き、部屋へと着くと、そこにはもう何の家具も置かれてはいなかった。以前とは違うそれに始めこそ驚いたものの、そうだ、今トウマさんの家に全部移動させたのだったと、すぐに思い出す事が出来た。


「お久しぶりね、サエちゃん」


何もない部屋に佇む母は、私が入って来た事を確認するとすぐさま口を開いた。以前と同じく、そこには母と子の間に生まれる感情は無い。でも…それは、私も同じだろうか。私は私の中に生まれた感情を健全なそれと同じだとは思えなかった。


「実はね、学校から連絡があったんだけど…サエちゃんは就職希望なのかしら」

「……」


聞きたくない。話したくない。そんな思いから私は口を閉ざす。返事をするのが、怖い。


「進学じゃなくなったのね。一体どこにするつもりなの?もう決まってるの?」

「……」

「就職するつもりなら言ってくれれば良かったのに。実はね、そんなサエちゃんに良いお話があるのよ」


…嫌な予感がする。


私の頭は経験上からすぐにそれを察知する。こんなにも上機嫌に、饒舌にものを言う母。どう考えても悪い予感しかしない。

…そんな私の心境を、母は理解しているだろうか。驚くほどにそれを裏切る事の無い言葉を、警戒する私の前で、上機嫌のままの彼女は口にした。


「卒業したらうちで働きましょう」